学生たちへの手紙 その5

学生のなかには、祖父から戦争体験を聞いたという方もいた。
 軍歌『雪の進軍』(映画『八甲田山」でも劇中歌に使われたについての質問があり、若い世代であっても、肉親から戦争体験を聞いて育った人には、そのようなアンテナがあるのだなあと感じたものだ。また自身のうつ病についても言及しているので、うれしく思えたものだ。

ご質問のなかに軍歌『雪の進軍』についての言及がありましたね。
お若いのに、驚きました。おじいさまが満州体験を孫に語ってくれたのは、すばらしいことですね。戦争体験者の多くが肉親にも語っていないことがあると思います。ちなみに6月10日の朝日新聞に[沖縄 地上戦の記憶]と題したアンケート調査が掲載されており、「あなたは沖縄戦の体験を伝えましたか?」という質問には、「子や孫らに話した」人が36.3%、家族と家族以外に話した人を含めて約8割が、沖縄戦の体験を伝えていますが、16.3%の方が「誰にも話していない」と答えています。そして「沖縄戦の体験は次世代にどの程度伝わっていると思いますか?」という質問には、「伝わっている」と答えた人と「次世代に伝わっていない」という人の割合は半々でした。
ひめゆり平和祈念資料館での元ゆめゆり学徒隊の生存者による講和は、彼女たちが高齢のため引退し、4月からは20代から50代の学芸員が後を継いでいます。着実に次世代に受け継がれた例だと思います。
しかし、「沖縄戦の実情は本土にどの程度伝わっていると思いますか?」という質問には6割以上が、「本土にあまり伝わっていない」と答えています。なかなか興味深い結果です。
 元沖縄県知事・太田昌秀氏は、「沖縄戦を知ろうとしない若者が増えていると感じており、アンケート結果からこのままでは大変なことになると危機感を抱いた。戦争を知らないと、その危険性にも鈍感になってしまうからだ」というコメントを出しています。日本で唯一戦場になった沖縄で、次世代への戦争の記憶をどうバトンタッチしていくか。そう考えると、絵も音楽も伝えるためのバトンになりうるのかもしれませんね。
 『雪の進軍』は「軍歌でありながら反戦という一風変わった歌です。これもアートが物事を反転させた例でしょうか」というご質問でした。歌詞の中にある語句が悲観的で兵隊の戦意を低下させるとして、軍の命令により歌詞を変えさせられ、太平洋戦争当時は歌うことも禁止されたといいます。映画『八甲田山』でも使われたのですね。
「命捧げて出てきた身ゆえ、死ぬる覚悟で吶喊せねば 義理にからめたじゅっぺい真綿、そろりそろりと首絞めかかる どうせ生かして還さぬつもり」
「どうせ生かして還さぬつもり」が「生きては帰らぬつもり」に改定されている。
 これは反戦歌というよりは「厭戦歌」ということでしょうか。そして兵士の本音でありましょう。禁止された歌詞をあえて歌うことが、確かに「反戦歌」になったと思います。
 山本義一も、最期に話せなくなってICUに入院中に、昼夜逆転防止になにか聞かせるという病院の意向にに対しラジオでなく、軍歌のテープをもっていき、「聞く?」と尋ねると、うなずきました。つらい体験を思い出すから軍歌はいやではないかと思ったのですが、家に軍歌のソノシートがあり、彼は「麦と兵隊」をよく聞いていました。思い出したくない戦争の記憶を喚起させるというより、それが20歳から29歳までの青春時代の音楽だったからではないかと思います。
 わたしが2005年に出した『島唄の奇跡』(講談社)は、沖縄白保の音楽バンド白百合クラブの物語です。戦地から石垣島に帰ってきた帰還兵たちが本土や満州で聞いた歌謡曲を、戦争ですさんだ村人のこころと自分自身を慰めるために歌ったことが、バンド誕生につながりました。つらい戦争体験を経て、彼らは音楽で、山本義一は絵でなにかを表現することで、魂を癒そうとしていた。音楽によって、絵画によって、「表現する」行為を通してつらい体験を反転させ、生き残ったことを寿ぎ、生きていくエネルギーに変えていった・・・、これはまさしくアートの力ではないかと、わたしは思います。
 わたしもまたうつ病が治ったのは、複数のことが影響していると思いますが、(いちばん効果があったのは、食事を変えることでした。この観点からうつ回復の本を書いております。)ついついネガティブに考えがちな自分のくせに気づいてからは、この「意識を反転させる」法則を活用しています。
「あのうつのさなかに比べたら、いまはずいぶんましだなあ、こうしてみなさまの前でえらそうなことが言えるようになったんだから」という感じです。
 しかし、うつのさなかは外出どころか服も着替えずろくな食事もとらず、社会とは没交渉状態でした。
あなたが、うつ病ということ記してくださった勇気に、またこのように大学の鶴岡ゼミに出席して、わたしの話を聞いてくださったことにこころからお礼を申し上げます。
「ありがとう!」