那覇市ぶんかテンブス館展示のいきさつ

 24日の琉球新報に『山本義一遺作展』の紹介記事が掲載された。


 前夜遅くに駆けつけてくださった八重山料理の店「潭亭」の宮城礼子さんが『噫、牡丹江よ!』を見て、この絵からすごいエネルギーが伝わってくる、絵のなかで生きていますよ、感じます」とおっしゃった。
 このことばは、そのあとでまさに現実のこととなった。
 24日の、だいぶ遅い時間になって展示会場に現れた女性が、120号の『噫、牡丹江よ!』の絵の前でたちどまってじっと見入っている。
 声を掛けようかと思って近づくと、涙ぐんでいるではないか。
 その様子は、思いつめたような感じで、ただならぬ様子である。
 しばらく待ってから近づき、芳名帳への記名をお願いすると、もう書いてくれたとのこと。そこで、「父は昨年95歳で亡くなりました」と話すと、「娘さんですか?」と驚いたように聞いて、こう言った。
 「今日の新聞記事に、『噫、牡丹江よ!』という絵のタイトルがあったので、母に会えるかもしれないと思ってやってきました」
 数年前に亡くなったお母さまは、「あんたたちは牡丹江から引揚船に乗って日本に帰ってきたんだよ」と何度も語っていたという。牡丹江という名前は何度も聞いており、いつか行ってみたいと思いつつ今日まできてしまったが、新聞で牡丹江という文字をみたとき、母親の語っていたことがありありとよみがえってきたという。
 それで彼女は、母子が描かれたこの絵の前で涙ぐんでいたというのか。しかも、彼女には当時2歳の妹もいるのだという。絵を見れば亡くなった母親に会えるかもしれない、ということばがわたしの胸をうった。
「では、この絵に描かれている母親はあなたのお母さんで、この子はあなた、この赤ん坊は妹さんかもしれないんですね」
 そう言うと、彼女はまた涙をためてうなずいた。
 これはわたしです・・。
 わたしとほとんど年齢の変わらない目の前の女性が、満洲からの最後の引揚船にのって帰ってきた当事者だとは・・。
 当時3歳の彼女はそのときの記憶はほとんどないというが、お母さまから満州での10年に及ぶ暮らしを何度も聞いており、思い出をたぐりつつ話を聞かせてくれた。
 途中であわてて高江洲記者を呼び、『噫、牡丹江よ!』を前にして彼女の話を聞くことができた。
 まさかわたしの生まれたその年に、満洲から引き揚げてきた人がいたとは、それも沖縄に。
 では、山本義一が描いた『噫、牡丹江よ!』は本当にあったこと、見た光景を表現したものだったのだ・・・。
 宮城礼子さんが言っていた「この絵のなかに生きている」ということばがふいによみがえってくる。この絵のなかからまるでいま抜け出してきたいのちが、ここにあらわれたかのような不思議な感覚――。
 目の前の、引揚船で帰国したという女性はこう言った。
『噫、牡丹江よ!』というタイトルの意味はよくわかります。噫、ということばには帰りたくても帰れない日本という意味がこめられている。牡丹江よ!というのは、日本につながる道、ここにたどり着けさえすれば日本に帰れる、そんな思いが込められているんです」
 絵の右上に白い絵の具で直描きされた『噫、牡丹江よ!』という文字は、絵を見てくださった多くの方がそうであるように、噫という文字がまず読めなかったし、わたしにはそのような深い詠嘆の思いが込められたタイトルということまでは、正直言って理解できていなかった。

 わたしは彼女に教わった。
 帰りたくても帰れない故国、日本。
 遠くふるさとを離れて異国の地にいる人々の望郷の思い、それも戦争に巻き込まれて帰りたくても帰れない日本への募る想い――。
 戦争中に外地にいるという、なんとも不安定な状況の中で、それでも子どもたちのために必死で生きのびてきた父親と母親、そのこどもたち。
 まるで戦後70年のテレビドラマを見ているかのように、彼女の話はありありと映像を喚起させてくれたのだが、本人の新聞取材も許可がでなかったので、多くを記すことは控えたい。
 しかし、彼女の次の一言がまた、わたしのこころにコトンと音をたてて着地した。
「妹にもこの絵を見せたい、お母さんにまた会いたい」
 そのとき、決めたのだ。
 思い出したのは、初日に見に来てくださった那覇市ぶんかてんぶす館館長、奥住さんのこと。
 そして、昨夜いらしてくれた方が、「応援しているのよ」と言って手渡してくださった封筒に入っていたご寄付。
 翌日てんぶす館に行って確認すると、ギャラリーは空いていないが、会議室は空いているという。2日間の展示料金と天久の琉球新報本社から那覇牧志のてんぶす館までの赤帽さんの運搬費が、なんといただいたご寄付と同額だったのだ(チラシや冊子のコピー代は除く)!
 これはもうやるっきゃない!!
 かくして、てんぶす館での延長展示が決まった。
 しかし、彼女ははたして妹さんを連れて見に来てくれるだろうか・・。