京都で知った、若冲の「みんな仏、みんな神さま」

 関西出張の帰りに京都へ寄った。
 東京では3時間待ちのためあきらめた、若冲展をみるためである。
 着いた日の夜は、ホテル近くの東寺がちょうど夜間拝観であったので、歩いて見学に行った。

たぶん修学旅行で来ていたはずだが、まったく記憶になく、さらには訪ねてみるまでここが空海の建てたものであることもわたしのなかから欠落していた。
 いきなり、極楽浄土という別世界にするりと迷い込んでしまったかのようだった。
 五重塔のライトアップ、紅葉が赤く黄色く燃え上がり、池に映るさまはほんとうに幻想的であった。タブレットを出して撮影しているとき、たいせつな手作りで作っていただいた布のタブレット入れを落としたのに気づき、翌日の朝に行ってみると、金堂と講堂のなかに入ることができた。
 金堂では、薬師如来坐像日光菩薩月光菩薩の姿に圧倒される。
 その大きさはただごとではない。講堂のなかの大日如来を中央に安置された立体曼荼羅には、空海が文字を介さずして立体的に仏教の世界、宇宙観をわかりやすく教えようとしたことが、よくあらわれている。寒さの中、こごえながら、ただただこの仏の世界に抱かれていることを味わう。

 じっと目と目を合わせて仏の慈愛に満ちたまなざしのなかにいること。
 こころが清められていくのがわかった。
 若い人がさっきから、ずっと手を合わせて動かない。
 空海ってすごい。仏教をわかりやすく表現するために、さまざまな具体的なモノや空間を使って大宇宙を小宇宙に落とし込む、建築家でありデザイナーなのだ。
 たまたま特別拝観になっていた灌頂院に入って私は仰天した。
 夜叉堂に祀ってある、阿形、吽形の古い木像。そのほの暗い展示空間には、梵字が映し出されていたのだ。
 実は今年は父親の三回忌ということもあり、母校学習院大学生涯学習センターで梵字の書き方を学び、ようやく十三の仏を梵字で書くという講座が終了したところであった。
 暗がりの中、丸い光のなかに梵字が浮かび上がっている演出に、舌を巻いた。
 「阿」音をあらわす梵字を最初に習ったのだが、密教では、月のなかに「阿」が浮かび上がり、それが金色に変わるのを心眼でみる・・阿字観という修業があるそうなのだが、まさしく目の前の梵字に、そのイメージが重なった。
 仏像という具体的な存在ではないのに、そこには仏像と同じものが存在として感じられた。それは、わたしがにわか仕込みとはいえ、梵字のあらわす仏を習っているからだけではなかった。このように、平面から立体を、文字から具象を伝える方法があることの再発見。
 それは仏教という宗教の枠をはるかに超えた、極上のアートであり、エンターテイメントであるのだ。いや、もともと仏や神という存在が、かぎりなくアートであり、
極楽浄土は、『この世のものとは思われない』美しい世界ということなのだろう。それをこの地上でイメージさせるための仕掛けが、寺社仏閣であり、仏像であり、あるいは自然の中の御嶽の、石やクバの木があるだけの聖なる空間なのだ。
 そのことを実感できる、ぜいたくな時間であった。



 夜も更けて錦市場に立ち寄れば、閉店した商店のシャッターには、若冲の絵が描かれている。

店の前にはゴミが出されていたり、自転車が置かれていたり、日常の京都の街に若冲が息づいている。市場のなかで、あの有名な象の絵を見ることの不思議。これもまた、思いがけないぜいたくな時間だった。

 そうそう、今回の寄り道京都旅行は、京都市美術館相国寺承天閣美術館をみて、若冲の墓のある石峰寺に行くというこころづもりである。

 紅葉がまだ残っていて、さすがに秋の京都の寺社仏閣はどこを訪ねてもすばらしい。
 承天閣美術館動植綵絵はコロタイプ印刷というが、じゅうぶんに見ごたえがあった。彼は、すぐれたデザイナーだなあ、と感嘆する。デザイン力がハンパじゃないのだだ。
 ちょっと漫画的でもある絵によって表現しようとした世界は、実は奥深い。 
 錦市場の青物問屋の跡継ぎを弟に譲って画業に専念した若冲が描いた、鳥や魚や犬やカエルや虫たち、花々と木々の世界。まさに「森羅万象に神が宿る」という宇宙観である。
 果蔬涅槃図、いわゆる涅槃図は釈迦が大根で表現され、野菜たちが周囲をとりかこんでいる・・。生きとし生けるものは、植物であろうと動物であろうと、悉皆成仏、「すべてが仏に成る」という仏教の教えを、若冲は絵によって表現したのであった。伊藤若冲の絵は、いのちの曼荼羅だったのだ。
 亡くなった両親と早世した弟の供養のために、仏教に帰依し、デザインした五百羅漢の石仏群が、石峰寺に残されている。

 竹林のなかに点在する五百羅漢の石仏群は、まさに立体曼荼羅である。

 石峰寺にある、京の街を見下ろす若冲の墓に詣で、85歳という長寿を全うした若冲にふと父・山本義一の生涯を重ねた。

祈りと鎮魂、癒し。絵によって表現しようとしたものは、同じ。長生きして多くの絵を遺したことは変わらない・・。もちろん、天下の絵師、若冲に重ねるなんて手前味噌にもほどがあるけれど。

 さて、旅の終わりに、紅葉の名所、東福寺の通天橋へ。


 めくるめく錦繍の世界につかる。
 橋の上は人波でぎっしりだったが、渓谷の上にかかる橋からの眺めは絶景であった。

燃える朱に対比して、苔むす庭や北斗七星をあらわしたという石庭、モダンなデザインの重森三玲作庭の日本庭園の緑もまたおしゃれだった。


 そして、日没前に駆け込みで足を延ばした金閣寺
 金閣寺は、若冲展示中の相国寺塔頭寺院である。

 夕日に輝く金閣寺が池にうつりこむ様子は、いつみても日本的でありながらエキゾチックである。
 金色の鳳凰は、酉年のシンボル。

 申年はさり、あたらしい酉年を黄金のフェニックスとともに迎えたいと思う。